朋田菜花の「ときには森を抜ける風の音のように」

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Archive 物語詩 「 村娘の恋  〜桜の木霊〜」



   「 村娘の恋  〜桜の木霊〜」



 村に桜の花が咲いたことを私は貴方に知らせたかったのです。
 遠くに旅立ってしまう貴方と別れたのはこの桜の木の下でした。
 今も村落の外れにこの樹齢三百年の桜の木は佇んでいます。
 私は今日も仕事をしながら貴方の帰郷を今か今かと待っています。
 遠い旅先で貴方は無事に仕事をしているのだろうかと私は心配なのです。
 長い間故郷を離れていると帰りたくなくなるのではないかと。
 桜の花はもう散って小さな実をつけ始めました。
 桜桃が実り甘い香りを放つ頃私は貴方と結婚するのです。



 藤の花も菖蒲の花も終わり村はずれの池のほとりに睡蓮の花開く頃。
 都会から帰ってきた村人づてに悪い噂を聞きました。
 信じたくないけれど貴方が他のおんなの人と暮らしていると。
 一度でいいから手紙に返事を下さいいいえ一度でいいから帰ってきて。
 ただ一人の貴方を思い続ける切なさに絶えきれずまるでそれは、
 だんだん熟してくる夏みかんの枝がたわわにしなってくるように、
 私の一日の思考を縛り付けて狂おしい思いにかき立てるのです。
 悪い嘘は全て嘘だよと笑って言ってくださいいとしい貴方。



 この窓辺から見える柿の枝にぶら下がっている柿の実が日毎に色づき、
 毎朝のように訪れる鵯の声が私を眠りから覚ましてくれます。
 貴方の手紙が届きましたそして小さな贈り物も。
 心配はいらないと言ってくれた温かいあなたの懐かしい文字。
 いつも君と共にあるという意味をこめて贈られた美しい合わせ鏡。
 私の顔をのぞき込む父母の顔も祖父母の様子も和んだようです。
 貴方にとって私との契りは秋祭りの後宮の戯れではなくて、
 鎮守の森の楠木のごとくに確かに根ざしていると今は信じられるのです。



 悲しいことがありました刈り取りの終わった田圃に初霜の降りる頃、
 幼い頃から良くしてくれた従姉が病の床で息を引き取ったのです。
 最期まで彼女は夫の名を呼び続けていましたが遂に姿を見せず、
 数キロ離れた花街で姿を見た人が居たとか居ないとか。
 薄寒く鵺の泣き声だけが響く明け方なにか無性な不安に駆られた私が、
 貴方から贈られました合わせ鏡を開いてみると片方に亀裂。
 言いようのない不安に会いたさがつのりそのまま始発電車へ。
 着のみ着で着てしまったことに恥じらいつつも貴方のもとへと。



 貴方の住んでいる街は銀杏の黄金色と人いきれと電飾とに飾られ、
 迷路のような街並みを訪ね歩きやっと見覚えのある表札に辿り着きました。
 大屋様は優しい方で事情を話すと鍵を開けて中に通してくださいましたが
 何日待っても貴方は帰ってきてはくれないではありませぬか。
 日一日と日没が早くなっていくこの季節に父母を残し村から遙か離れて
 帰ってこない人を待ち続けることにいささか疲れましたし、
 不安で流す涙もついに枯れ果ててしまいましたので、
 樹齢三百年の桜の木の待つあの村へ帰ろうと思います。



 冬枯れの山並みと懐かしい集落とたなびく煙とが駅で迎えてくれました。
 改札を出ると広がる川沿いの土手のその奥に桜の木は佇んでいます。
 霜柱を踏みしめながら重たい行李を持つ手はかじかんでいます。
 こんなに朝早くに駅につく列車にしたこと少し後悔しながら
 川面にあそぶ鴨や鴛鴦たちの姿を眺めつつ歩を進めておりました。
 もう私には愛する貴方はいないのだと思うと涙が少し滲んだのですが、
 そのとき桜の木の奥から精霊のように現れ出た人影がありました。
 それはまさにこの数ヶ月夢にまで見た面影のいとおしい貴方の姿。



 村に桜の花が咲いた今私は貴方とここに佇んでいます。
 遠くに旅立ってしまう貴方と別れたのはこの桜の木の下でしたね。
 今も村落の外れにこの樹齢三百年の桜の木は佇んでいます。




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語句解説 

木霊=山岳や森林が多い地方では昔から語られている
   「樹の精霊」のこと。
    山に向かって大声を出すと音が返ってくる現象
   を「こだま」と言うが、これは森に住む精霊が
   人の口真似をして返事するからだ、という信仰から
   来たものである。
 鵯=ヒヨドリ
 鵺=ぬえ;トラツグミ(または人頭牛身の妖怪)
行李=こうり;竹や籐で編んだ旅行用の荷物入れ。
鴛鴦=オシドリ


★Archive(過去作品からです)  桜の季節になると思い出す、私の大切にしてきた一編です。

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by forest_poem | 2008-03-28 17:03 | 詩 未分類
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創作モード炸裂。ファンタージュの森を生く。


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